生成AIや営業支援ツールの話をしていると、
「どのAIを使えばいいですか?」
「どのシステムを入れれば効率化できますか?」
という話から始まることがあります。
もちろん、ツール選びも重要です。
ただ、営業DXに関わるようになった今、振り返ってみると、私自身が約15年前にExcelでやっていた業務改善の中に、現在のDXやAI活用にもそのまま通じる原理原則がありました。
それは、
システムや技術より先に、決まり・ルール・法則をつくること。
そして、もう一つが、
業務で使うデータを整理し、マスターデータとして構造化すること。
です。
この2つは、Excelの時代でも、SaaSの時代でも、生成AIの時代でも変わりません。


2012年、見積書を作るだけでも結構な神経を使っていた
営業設計士タデヌマ2012年当時、私はゴルフ用品の卸売りを行う新規事業の責任者をしていました。
有形商品の卸売りですから、営業活動には見積書・発注書・請求書の作成がついて回ります。
当時、営業側で扱っていた主な入力項目は、
- JANコード
- 型番
- ロット数
- 商品総数
- 単価
- 小計
などでした。
これらの書類はすべてExcel。
入力内容に間違いがあれば営業事務から確認が入り、場合によっては差戻しになります。
これが地味に面倒でした。
仕事の早い営業担当者は、自分なりに「コピペの素」のようなExcelを作っていました。私自身もそうです。
一方で、毎回カタログを開き、商品を探し、一件ずつ手入力している人もいました。
当然、時間がかかります。
そして、手入力が増えればミスも増えます。
「時間がかかる」より怖かったのは、「間違えられない」ことだった
JANコードや型番の間違いであれば、営業事務側で気づいてもらえることがあります。
最低価格を下回った場合には、システム側でアラートが出る仕組みもありました。
問題は、ロット数と商品総数の間違いです。
例えば、
「合計10個=1ロット」
のつもりが、
「10ロット」
と入力されてしまえば、話はまったく違ってきます。
しかも、こうした間違いはそのまま出荷工程へ進んでしまう可能性があります。
営業担当者からすれば、単に入力作業に時間がかかるだけではありません。
「絶対に間違えられない」
という緊張を抱えながら、毎回同じような入力を繰り返すことになります。



営業の工数を考えるとき、私はこの精神的な疲弊も無視できないと思っています。
そこで一度、営業の仕事を止めた
私はあるとき、目の前の営業活動をいったん止めて、このExcelを改善することにしました。
当時の書類がすべてExcelだったこともあり、今でいう「Excel最適化」です。
商品のJANコードには共通する部分があったため、社員が普段から商品を識別する際に使っていた下数桁だけを入力する方式にしました。
その番号を検索キーにして商品マスタを参照し、
- JANコード
- 型番
- ロット数
- 商品総数
- 単価
などを自動表示させます。
当時でいえば、VLOOKUPを使った、ごくシンプルな仕組みです。
ここまでは、それほど難しくありませんでした。
「これは速くなるし、入力ミスも減る」
そう感じました。
ところが、実際の業務で使えるようにしようとすると、すぐに2つの壁にぶつかりました。
Excel関数より難しかった、2つの壁
1つ目は「地域によって送料が違う」
送料は配送地域によって変わります。
ただし、こちらには明確な法則がありました。
ルールさえ整理できれば、Excelの関数に落とし込めます。
つまり、これは比較的解決しやすい問題でした。
難しかったのは、もう一つです。
2つ目は「営業担当者によって単価が違う」
商品には定価と最低販売価格がありましたが、その範囲内では営業担当者に一定の価格裁量がありました。
ここで私は、一人ひとりの営業担当者に、
「普段、この商品はいくらで売っていますか?」
とヒアリングしていきました。
実は、この作業が非常に重要でした。
当初の目的は、単にExcelへ単価を反映させることです。
ところが、営業担当者へのヒアリングを進めていくと、
「この人はこういう価格の出し方をする」
「この条件では、この価格帯を使う」
といった、営業担当者ごとの価格戦略や傾向が見えてきました。
業務効率化のために始めた取り組みが、結果として、それまで個人の頭の中にあった営業ノウハウを可視化することにつながったのです。
ここが、この話で一番重要です



最終的には、メンバーで話し合い、通常使用する価格を3つのパターンに整理しました。
営業担当者がパターンを選べば、その価格が反映される。
いわば、簡単な商品単価マスタです。



この仕組みを作れた理由は、Excelの関数が優秀だったからではありません。
「どの条件なら、どの価格を使うのか」
というルールを決め、メンバーで合意したからです。



ここを曖昧なままにして、「とりあえずシステム化しましょう」としても、システム側は判断できません。生成AIを入れても同じです。



DXで最初に整えるべきものは、システムでもAIでもない。
「決まり・ルール・法則」と「マスターデータ」である。
営業DXの土台を整理するポンチ絵


「全部ルール化する」ことにも無理がある
もちろん、営業には例外があります。
セール品。
大量注文。
特殊な条件の取引。
すべてを3つの価格パターンへ無理やり押し込めることはできません。
そこで、イレギュラーな条件の場合には単価欄を空欄で返し、営業担当者が入力できるようにしました。
これは今でも重要な考え方だと思っています。
標準化することと、例外をなくすことは同じではありません。
通常業務はできるだけ仕組みにする。
一方で、本当に個別判断が必要なものには、人が判断できる余白を残す。
営業DXでも、この切り分けは非常に重要です。
なお、発注スキーム自体が異なるような特殊な大口取引は、そもそも別の業務として扱っていました。
減ったのは、入力時間だけではなかった
この仕組みによって減らせたのは、
- 見積書等を作成する時間
- JANコードや型番などの入力ミス
- ロット数と総数の取り違え
- 営業事務からの確認や差戻し
といった作業です。
しかし、メリットは営業側だけではありませんでした。
以前は過去のExcelからコピー&ペーストを繰り返すため、レイアウトが崩れたり、フォントや文字サイズがバラバラになったりしていました。
入力を受ける営業事務側からすると、決して見やすい書類ではありません。
雛形を統一したことで書類が見やすくなり、その先にある受注・出荷システムへの入力もしやすくなりました。
つまり、一つの業務を改善したことで、その次の工程まで改善されたわけです。
営業DXを考えるときも、営業担当者一人の作業時間だけを見るのではなく、
そのデータを次に誰が使うのか
まで見ることが大切です。
今なら「マスターデータ」「データ構造化」と呼ぶ話だった
当時は、そんな難しい言葉を意識していたわけではありません。
ただ、今振り返ればやっていたことは明確です。
例えば、
商品には、
JANコード、型番、ロット数などの情報が紐づく。
地域には、
送料のルールが紐づく。
価格パターンには、
商品ごとの単価が紐づく。
バラバラのExcelに毎回入力するのではなく、同じ意味を持つデータを整理し、一か所を参照するようにしていた。
これは現在でいう、マスターデータの整備とデータの構造化です。
生成AIが登場した現在、この考え方はむしろ重要になっています。
AIに何かを判断・生成させようとしても、
「どれが正しい商品名なのか」
「現在の価格はいくらなのか」
「どの条件でどのルールを使うのか」
が整理されていなければ、AI以前のところで止まります。



AIが高性能でも、元になる情報がバラバラなら、まず情報整理が必要ですね



そう。AIを入れる前に、情報を整理する。これは今も変わりません
そして、もう一つ重要だった「バージョン管理」
仕組みは、一度作ったら終わりではありません。
商品は増えます。
価格は改定されます。
ルールも変わります。
そこで当時は、Excelの雛形を更新するたびにバージョン名を付け、バージョン管理表へ変更点を記録していました。
改訂したらメンバーへ配布する。
さらに営業事務側でも、
「使われているExcelのバージョンは最新か」
を確認する。
ここまでを業務フローに入れていました。
これも、現在のDXとまったく同じです。
どれだけきれいなマスタを作っても、
「どれが最新版か分からない」
状態になれば、すぐに崩れます。
ですから、マスターデータを考えるときには、
作ることだけではなく、誰が・いつ・どう更新し、最新版をどう担保するのか
までがセットになります。
約15年前のExcelと、現在の生成AI。変わったものと、変わらないもの
15年前と比べれば、技術は大きく変わりました。
Excelで関数を試行錯誤しなくても、生成AIへ相談すれば数秒で数式の候補を出してくれます。
ノーコードツールもあります。
クラウド型の営業支援システムもあります。
AIエージェントのような選択肢も出てきています。
けれど、技術の前に決めるべきことは変わっていません。
変わらない4つの原則
① 決まり・ルール・法則をつくる
人によって判断が違う状態のままでは、自動化できません。
② マスターデータを整理する
同じ商品、同じ顧客、同じ価格を、毎回別の情報として扱わない。
③ 例外を扱える余白をつくる
すべてを標準化しようとせず、人が判断すべき領域を残す。
④ バージョンを管理する
正しい情報を作るだけでなく、
「今どれが正しいか」
を分かる状態にする。
そして、この中でも最も大切なのは①です。
ツールを導入しても、ルールがなければ「迷いを高速化する」だけ
営業DXというと、どうしてもシステムやAIへ目が向きます。
しかし、
営業担当者Aはこの価格。
営業担当者Bは別の価格。
このExcelとあのExcelで商品名が違う。
最新版の雛形がどれか分からない。
例外時の判断方法も決まっていない。
この状態で新しいシステムを入れても、問題そのものは消えません。
場合によっては、曖昧な業務を、そのまま高速化してしまうだけです。
だから私は今でも、
「まずツールではなく、業務と情報を整理しましょう」
と考えています。
営業担当者の能力の問題ではありません。
その人が毎回考えなくてもよいことまで、毎回考えさせる営業プロセスになっていないか。
そこを見ることが営業DXのスタートです。
余談。当時は「営業なのに何をやっているの?」という空気もあった
2012年当時、当然ながら生成AIはありません。
今ほどExcel関数の情報も豊富ではなく、ネット上の記事を見ても情報が古かったり、うまく動かなかったりして、かなり試行錯誤しました。
その間、
「営業なのに外へ出ないで何をやっているんだろう」
「電話もしないで、ずっとExcelを触っている」
そんなふうに見られることもありました。
当然、その時間だけを切り取れば営業活動は止まります。
今日の数字。
今週の数字。
そこだけを見れば、マイナスだったかもしれません。
それでも私は、
これを作れば、年間で見た営業活動は絶対によくなる
と思っていました。
実際、日常的に使う営業メンバーや営業事務からは高く評価してもらえました。
一方で、経営側や他部署からこの改善自体を大きく評価された記憶はありません。
今振り返ると、それも時代だったのだと思います。
ただ、今ならこう言えます。
あのときやっていたのは、単なるExcel改善ではありませんでした。
まとめ|DXの本質は、最新技術の中ではなく「業務の中」にある
見積書・発注書・請求書の作成時間を減らした。
入力ミスを減らした。
営業事務とのやり取りを減らした。
それだけでも十分な改善です。
しかし、約15年前の経験から得た一番大きな学びは、そこではありません。
DXは、ツールから始めない。
まず、決まり・ルール・法則をつくる。
次に、データを整理してマスタ化する。
例外を設計し、バージョンを管理する。
そのうえで、Excel・システム・AIを使う。
技術は変わります。
Excelからクラウドへ。
クラウドからAIへ。
この先、さらに新しい技術が登場するでしょう。
それでも、業務を整理し、ルールを決め、データを構造化するという土台は変わりません。
むしろAIが強力になるほど、その土台の差が結果の差になっていくと考えています。
AIやシステムを選ぶ前に、営業業務を一度分解してみませんか?
見積書、提案書、発注書、契約書、報告書、CRM入力。
営業現場には、まだ「人が毎回考えなくてもよい仕事」が数多く残っています。
ただし、ツールを入れれば自動的に効率化できるわけではありません。
- 価格の決め方はルールになっているか
- 商品・顧客・価格などのマスタは整理されているか
- 営業担当者ごとの暗黙知が残っていないか
- 例外時の判断方法は決まっているか
- 最新版の情報を管理できているか
どこから整理すべきかは、会社によって異なります。
株式会社いざなうでは、営業活動を「人がやる仕事」「仕組みにする仕事」「AI・システムに任せる仕事」に分解し、営業担当者がお客様と向き合う時間を増やすための営業DXを支援しています。
お問い合わせは 株式会社いざなう ホームページよりお願いいたします
記事の企画・監修
株式会社いざなう
代表取締役 蓼沼康之
事業開発・営業戦略・営業DX・DXコンサルティング領域を中心に、企業の営業プロセス設計やDX推進を支援。
もともと営業力そのものに強い自信があったわけではなく、30歳で未経験から大手企業の営業職へ転身。それでも新人時代に営業成績トップ3に入り、その後は1人で年間粗利2億円、周囲から「絶対に無理」と言われたゴルフボールの新規事業立ち上げ、営業部門長として会社売上を3倍に伸ばすなど、営業・事業開発の現場で実績を重ねてきた。
その経験から、営業成果は個人の話術や根性だけで決まるものではなく、顧客への情報提供、営業の順番、判断ルール、データ、営業プロセスそのものを設計することで再現性を高められると考え、現在の営業DX・事業開発支援へとつなげている。
現在は、事業開発・戦略コンサルティング領域を中心に、大手SIer3社、大手コンサルティングファーム1社、大手不動産ポータル事業者1社、WEB広告媒体社1社、大手ハウスメーカー1社をはじめ、中堅・中小企業や工務店など幅広い企業を支援している。





