夢見巳社長といざな丑の「DX、何から始める?」|全7回・第6回
現場の話を聞き、共通化できそうな仕事も見えてきた。ところが、改善候補が増えた途端に、何から進めるか決まらなくなる。
DXを始めた会社では、そんな場面があります。今回は、部門をまたぐ施策について、期待する効果、必要な準備、実行できる体制から、着手する順番を考える話です。
※株式会社まちみらい不動産と登場人物は架空です。業務や会話は、考え方を説明するためのフィクションです。本文の比較例は、特定企業の実績や、そのまま使える優先順位の判定基準ではありません。
候補が増えた。でも、全部は進められない
第5回で、整え鼠たちは、全社で揃える目的と、事業ごとの違いを残す理由を整理することにしました。
ヒアリングからは、「修繕対応の引き継ぎを改善したい」「部門で異なる記録の意味を整理したい」「他の事業にも仕組みを広げたい」と、いくつもの候補が出ています。
夢見巳社長「どれも必要そうだね。せっかく現場から出てきたのだから、全部進めよう!」
ところが、DX推進委員会の予定を確かめると、同じ担当者の名前が何度も出てきます。通常業務もあるため、会議に出席できても、準備や確認まで担えるとは限りません。



「同じ担当者に、作業が重なっています。全社展開の準備と、今の引き継ぎの見直しを、同時に引き受けるのは難しそうです」
候補を増やすことと、実行できる計画をつくることは、別の仕事です。部門ごとの希望をそのまま積み上げると、誰も全体の負担を把握しないまま、着手だけが増えてしまいます。
まず、どの経営目標に近づく施策かを確かめる
優先順位を考える起点は、第2回で整理した経営の方針です。まちみらい不動産では、「対応品質を保ちながら、管理事業の収益性を高める」という方向を考えてきました。
その方針に対して、各候補が、誰のどんな仕事を変え、何につながるのかを確かめます。
例えば、修繕対応の引き継ぎで、次の担当者が情報を探し直しているなら、必要な情報を渡せるようにすることで、再確認の負担を減らせるかもしれません。ただし、それで対応品質が下がったり、入力の負担が大きく増えたりしないかも見る必要があります。



「『便利になりそう』から一歩進めて、誰の何が変わり、経営の方針にどうつながるかを、同じ言葉で比べてみましょう」
「新しい技術だから」「他社が始めたから」「要望が多いから」も、検討のきっかけにはなります。ただ、それだけでは、自社で今取り組む理由までは説明できません。
KGI候補の事業利益率に、施策の効果がすぐ直接表れるとも限りません。まずは「引き継ぎ後に再確認が必要になった割合」など、仕事の変化を捉えるKPI候補との関係を考えます。現状値と測り方を確かめ、効果は仮説として扱います。
効果と一緒に、前提・負担・不確かさを見る
期待する効果が大きくても、必要な情報が揃っていなければ、すぐには進められないことがあります。反対に、準備の負担が小さくても、経営上の課題とのつながりが薄い候補ばかりを選ぶと、改善が点在してしまいます。
委員会では、候補を同じ観点で見られるようにします。例えば、次のような問いが考えられます。
| 比べる観点 | 確かめたいこと |
|---|---|
| 経営・顧客への効果 | どの方針に関係し、誰の困りごとや対応品質がどう変わる見込みか |
| 先に必要な条件 | 情報の意味、権限、業務上の判断など、着手前に整えることは何か |
| 実行と運用の負担 | 導入だけでなく、移行、教育、日々の更新・確認に誰の時間が必要か |
| 確かめるべき仮説 | 効果や実現方法について、まだ分からないことは何か |
| 時期と影響範囲 | 期限、繁忙期、他施策との重なり、変更が及ぶ部門はどこか |
※議論の観点を示す例です。配点や採否の基準は、経営方針と自社の条件に合わせて決めます。
点数を付ける場合も、数字は話し合うための補助です。見込みの効果を都合よく高く置いたり、まだ分からないことを根拠なく中間点で埋めたりすると、点数だけが確かに見えてしまいます。評価の根拠と未確認の点を、一緒に残します。
また、対応期限がある義務や、現に起きている重大な障害への対処は、任意の改善候補と同じ点数表だけで採否を決めないようにします。
「重要な施策」と「先に着手する作業」は、分けて考えられる
整え鼠は、修繕対応の状況を全社で見られるようにする案に、期待を寄せていました。ところが第5回で、部門によって「完了」の意味が違う可能性に気付きました。



「全社で状況を見られるようにしたいのですが、その前に、比べる情報の意味を確かめる必要がありそうですね」



「はい。実現したい施策と、そのために必要な準備をつなげて考えましょう。準備の価値も、次に何を可能にするかで説明できます」
共通で使う情報の整理は、それだけでは顧客に見える変化が小さいかもしれません。それでも、複数の施策の前提になるなら、その関係を見ておく必要があります。
ただし、「全てのデータを整えるまで改善を始められない」という話でもありません。まず試す業務に必要な範囲を確かめ、準備と改善を組み合わせる方法もあります。
今回の物語では、候補を次のように考え直せそうです。
| 候補 | 順番を考えるときの論点 |
|---|---|
| 修繕対応の引き継ぎ改善 | 対象を絞り、渡す情報と確認する指標を整えたうえで試せるか |
| 共通で使うデータの整理 | まず対象業務に必要な意味・単位・更新の担い手を確かめ、他の候補との依存関係を見る |
| 他事業を含めた全社展開 | 限定した範囲での効果、事業間の違い、展開時の負担を確認してから判断する |
この表は、施策の最終順位ではありません。どの条件が整えば次へ進めるかを見つけるための整理です。
優先順位は、施策の価値の高低だけでなく、効果を確かめる順番と、必要な準備の関係から考えます。


兼務の体制では、「何を進めないか」も経営が決める
順番を考えても、必要な人の時間が確保できなければ、計画は動きません。第3回で考えた役割分担に戻り、委員会で調整できることと、経営に判断してもらうことを分けます。



「この範囲を進めるなら、通常業務の調整も必要です。候補ごとに担当を置くだけでは、時間が足りません」
委員会は、期待する効果、必要な準備、部門への負担、まだ分からないことを整理し、進め方の案を示します。経営は、優先する理由を示すとともに、予算や人の時間、他の仕事との調整を判断します。
「今進める」「先に条件を整える」「追加確認して時期を見直す」。このように分けるときも、後回しにする理由と、再び検討する条件を残します。要望を出した現場に説明がなければ、保留が放置に見えてしまうからです。
予算があることと、担当者の時間があることも別です。部門をまたぐ人員の重複を確かめ、同時に動かす範囲を、実際に担える体制に合わせます。
試した結果を、次の順番に反映する
小さく試す場合には、対象の範囲、確かめたいこと、振り返る時期と判断する人を決めておきます。期間だけが延び、いつまでも次の判断がない状態を避けるためです。
引き継ぎの見直しなら、再確認の割合だけでなく、対応品質や記録する負担も確かめる。期待した変化がなければ、広げる前に、対象や方法、前提の置き方を見直します。
結果に応じて、継続する、範囲を広げる、方法を変える、いったん止める。そうした判断も含めて、グランドデザインの実行順序を更新していきます。
IPAの「マナビDX」で紹介されるビジネスアーキテクトの役割にも、経営戦略から変革のロードマップを考え、共通の判断基準を整え、部門を横断して調整することが含まれています。[1] 本文の比較方法は、その役割を不動産会社の物語に置き換えた編集上の例です。



「何を優先するかと一緒に、使える時間や、見直す条件まで決めるんだね。理由が分かる順番にしていこう」
効果への期待に加え、前提条件と実行できる体制を見て、着手する順番を決める。 それが、候補の一覧を、動かせる計画へ近づける一歩になります。
IPA「DX推進指標」とのつながり
IPAの「DX推進指標」は、関係者が現状と課題への認識を共有し、次の行動につなげるための自己診断です。[2]
今回の話は、現行設問一覧の「望ましい方向性」にある、次の項目と関連付けて振り返れます。[3]
| 関連する設問 | 問われている観点の要約 | 今回の話とのつながり |
|---|---|---|
| 設問14 | DXへの資金を必要な投資と捉え、リターンの大きさや確度を求めすぎず、挑戦を促すこと | 短期に確実な効果が見える候補だけに偏らず、仮説を確かめる取り組みも検討する |
| 設問15 | 既存ITの保守などの予算とDXの予算を別に管理し、DXに一定額・比率の予算を確保すること | 施策を実行するための予算が確保されているかを、優先順位と併せて確認する |
| 設問30 | DX戦略・施策に定量・定性のKPI/KGIを設定し、評価すること | 期待する効果と確かめ方を置き、実施後の評価を次の順番の見直しにつなげる |
※設問の要約と対応は編集上の整理です。優先順位を決めただけで、投資・予算管理・評価の実態を満たすものではありません。公式設問と成熟度の判定基準は、IPAの資料で確認してください。
最終回は、投資する理由をどう説明するか
まちみらい不動産では、候補を一斉に進める前に、経営方針とのつながりと、必要な準備・体制を確かめることにしました。



「進める理由を説明するには、効果の見込みも必要ですね。でも、時間が減ること以外の価値は、どう伝えればよいのでしょう?」
次回は、最終回。「そのDX、効果はどう説明する?――不動産管理DXのROIと定性効果」を取り上げます。金額に換算する効果と、数字だけでは捉えにくい価値を、どのように経営の判断につなげるかを考えます。
このシリーズの全7回
- 不動産管理会社のDXグランドデザイン
- 中期経営計画とDX戦略の接続
- 兼務メンバーによるDX推進委員会の運営
- DX構想策定の業務ヒアリング
- 複数事業のDX共通化と個別対応の境界
- 部門横断DX施策の優先順位付け(今回)
- 不動産管理DXのROIと定性効果
第7回は順次公開予定です。
DXの候補はあるのに、着手する順番が決まらない方へ
「各部門の要望を集めたが、比較できない」「全社施策と部門の改善で、同じ担当者を取り合っている」「経営に何を判断してもらうべきか分からない」。そんなときは、候補の効果だけでなく、前提条件と実行の負担を並べて整理することが役立ちます。
何を先に進め、何を準備し、いつ判断を見直すか。具体的な順番は、経営方針、業務、使える人と時間によって変わります。
株式会社いざなうでは、DXグランドデザインの策定、部門横断施策の整理、推進体制や実行計画づくりについて、ご相談を承っています。
参考情報
- IPA「マナビDX:ビジネスアーキテクト」 ― ロードマップ、共通の判断基準、部門横断の調整に関する役割を参照。本文の比較方法は編集部による例。
- IPA「DX推進指標のご案内」
- IPA「社内共有用 DX推進指標設問一覧」 ― 「望ましい方向性」の設問14・15・30。本文では趣旨を要約。
参照確認日:2026年11月2日。













