「困っていることは?」だけでは見えない――DX構想につながる業務ヒアリング【第4回】

ツールの前に、仕事を聞く。DX構想につながる業務ヒアリング。整え鼠といざな丑が現場の仕事を聞く。

夢見巳社長といざな丑の「DX、何から始める?」|全7回・第4回

現場に困りごとを聞いたら、「便利なツールが欲しい」「情報を一つにまとめたい」という要望が集まった。ところが、何を変えれば仕事が良くなるのかは、まだ説明できない。

DX構想のための業務ヒアリングでは、要望の背景にある、実際の仕事と困る場面を知ることが大切です。今回は、まちみらい不動産の修繕対応を題材に、聞き方の考え方を整理します。

※株式会社まちみらい不動産と登場人物は架空です。記事中の業務や会話は、考え方を説明するためのフィクションです。

前回:兼務で回すDX推進の役割分担

業務ヒアリングの4コマ漫画。便利なツールの要望から、最近の一件を順番に聞き、引き継ぎ後の再確認という具体的な場面を確かめる。
目次

「便利なツールが欲しい」の、その先を聞く

前回、DX推進委員会での役割分担と、活動に使う時間の調整を相談した整え鼠。次は、構想の前提になっている業務を、関係する担当者に聞いてみることにしました。

対象は、第1回から話題にしている「修繕対応の情報を探す・引き継ぐ」仕事です。対応品質を保ちながら収益性を高めるという経営の方針に向けて、どこに改善の余地があるかを考えます。

整え鼠

「修繕の対応で、困っていることはありますか?」

こつ酉

「必要な情報がすぐに分かる、便利なツールが欲しいです」

整え鼠は、要望を一覧に書き始めました。でも「情報がすぐに分かる」とは、誰が、いつ、どの情報を必要としている状態なのでしょうか。

いざな丑

「その要望は、大事な手掛かりですね。最近あった一件で、何が起きたのかを順番に教えてもらいましょう」

ツールの要望は、現場が考えた改善案の一つです。その背景にある出来事を聞くことで、必要な情報や、変えるべき仕事が見えてくることがあります。

業務ヒアリングは、要望の一覧を埋めるだけでなく、仕事の実態を関係者で理解するための対話です。

最初に、聞く目的と業務の範囲を合わせる

「会社の困りごとを全部教えてください」では、話す側も何から説明すればよいか迷ってしまいます。

まちみらい不動産では、まず「修繕の問い合わせを受けてから、次の担当者が対応を始めるまで」を、今回の話の範囲にしました。

何のために聞くのか、どの仕事を扱うのか、聞いた内容をどう使うのか。これらを最初に共有すると、話す側も具体的な場面を思い出しやすくなります。

この段階では、社長や推進側の仮説も、確かめる対象です。「引き継ぎに問題があるはずだから、その証拠を集める」という聞き方にならないようにします。

また、業務のやり方を評価されると感じると、担当者が迷った場面や、例外への対応は話しにくくなるかもしれません。

個人の能力を評価する場ではなく、仕事を進める条件を理解したいことを伝える。現場で工夫していることや、うまく進んだ場面も聞く。その姿勢が、実態に近づくための土台になります。

最近の一件を、仕事の順番に沿ってたどる

「普段はどうしていますか」と聞くと、標準的な手順や、マニュアルの説明になることがあります。それも大切ですが、具体的な一件を振り返ると、手順書には載っていない確認や調整が見えることがあります。

こつ酉が思い出したのは、引き継ぎ後に、受付の担当者へ聞き直した場面でした。

こつ酉

「記録はあったんですが、お客様にどこまで説明したか分からなくて、受付の人に確認しました」

「情報が見付からない」と「情報はあるが、次の判断に必要な内容が分からない」では、考えるべき改善が変わります。

入力欄を増やすのか、記録する内容の認識を揃えるのか、引き継ぎの仕方を見直すのか。まだ結論は出せませんが、検討する論点は具体的になりました。

聞き方の方向性を、いくつかの観点で整理すると次のようになります。

確かめたいこと 対話のきっかけの例
一件の仕事の流れ 何をきっかけに始まり、どこで確認が必要になったか
情報と部門の受け渡し そのとき、誰から何を受け取り、次に誰へ何を渡したか
通常と異なる場面 普段どおりに進まないのはどんなときか。そのとき何を頼りに判断したか
困りごとの影響 誰の待ち時間や確認が増えたか。顧客への説明や対応品質にどう関わったか

※質問集の完成版ではなく、話を具体化するための観点です。対象業務や相手の役割に合わせて聞く内容は変わります。

デジタル庁のガイドブックでも、当事者や関係者との対話、実際にサービスに触れることなど、利用者の実態を理解するためのヒントが紹介されています。[1] 行政向けの資料ですが、現場の仕事を知ってから改善を考える際にも参考になります。

部門の前後と、データの置き場所も確かめる

一人の話だけで業務全体を判断すると、受け渡しの前後を見落とすことがあります。

受付側は「記録して渡した」と考え、受け取る側は「説明の経緯が分からない」と感じている。同じ引き継ぎを、それぞれの立場から見ている可能性があります。

整え鼠

「受付側では、何を残せば引き継げたと考えているかも、確かめる必要がありますね」

いざな丑

「はい。受け取る側に必要な情報と、渡す側の負担を、両方から見ていきましょう」

必要に応じて、個人情報などの取り扱いに配慮した帳票や画面を見ながら、どの情報をどこで使っているかを確認します。

業務システムにある情報、表計算で補っている情報、メールや口頭で伝えていること。名称が違っていても同じ内容を指す場合や、同じ名称でも部門によって意味が違う場合があります。

見る対象をシステムの画面だけに限らず、仕事の流れと情報の流れを合わせて捉えることが、後のデータ整備やシステム検討の材料になります。

要望をDX構想の材料へつなぐ図。一件の仕事、部門の受け渡し、例外や影響を確かめ、聞き取れた出来事・未確認の点・改善仮説を分けて関係者と確認する。

聞いたことと、推進側の仮説を分けて整理する

ヒアリングの後に、「現場は情報共有ツールを求めている」とだけまとめると、最初の要望に戻ってしまいます。

整理したいのは、要望に加えて、その背景で何が起きていて、何がまだ分かっていないかです。

今回なら、次のように分けて考えられます。

  • 聞き取れた出来事:ある一件で、引き継ぎ後に受付担当者へ説明の経緯を確認した。
  • まだ確かめたいこと:同じ場面はほかにもあるか。記録の内容、見付け方、閲覧範囲など、何が関係しているか。
  • 改善に向けた仮説:次の担当者に必要な情報や、引き継ぎ完了の認識が揃っていない可能性がある。

一件の出来事を聞いただけで、全社共通の課題や、原因が確定したとは言えません。ほかの担当者や関係部門の話、必要に応じた記録の確認を通じて、理解を確かめていきます。

頻度や所要時間がまだ分からないときも、推測の数字を実績として埋めず、未確認の点として残します。第2回で考えたKPIの候補についても、実態を踏まえ、何をどう確かめられるかを見直す必要があります。

整え鼠

「私たちのまとめが合っているか、話してくれた方にも見てもらいたいです」

いざな丑

「そうしましょう。特に、起きたことと、こちらの解釈が混ざっていないかを、一緒に確認するとよいですね」

経営目標とのつながりに戻り、構想を見直す

ヒアリングで課題が増えたからといって、すべてを同時に解決する必要はありません。

「対応品質を保ちながら、管理事業の収益性を高める」という経営の方針に戻り、どんな仕事の変化が必要かを考えます。

例えば、引き継ぎ後の再確認を減らしたいとしても、必要な確認まで省いてしまえば、顧客への誤案内につながるかもしれません。一方、記録を増やしすぎれば、受付の負担が大きくなる可能性があります。

何を減らすかだけでなく、どんな対応を守りたいかも合わせて考える。 そのための材料を集めることが、業務ヒアリングの役割です。

聞き取った内容は、グランドデザインの業務・データ・仕組み・体制に関する仮説を見直す材料になります。導入するツールを決める前に、どこを変えると経営と現場の両方に意味があるかを、委員会で考えていきます。

IPA「DX推進指標」とのつながり

IPAの「DX推進指標」は、関係者が現状と課題への認識を共有し、次の行動につなげるための自己診断です。[2]

今回の話は、現行設問一覧の「望ましい方向性」にある、次の項目と関連付けて振り返れます。[3]

関連する設問 問われている観点の要約 今回のヒアリングとのつながり
設問5 自社が持つデータを見いだし、整理・管理して活用する力 仕事で使う情報が、どこにあり、どう渡されているかを知る入口になる
設問8 既存事業の強み・弱みを踏まえた変革の取り組みと効果 維持したい対応の良さと、変える必要がある仕事を考える材料になる
設問23 利用状況などを踏まえた、ITシステムやデータの現状分析・評価 システム内外の情報や、実際の使われ方を確かめる材料になる

※設問の要約と対応は編集上の整理です。ヒアリングは現状把握の入口であり、実施しただけで各設問の能力・取り組み・成果を満たすものではありません。公式設問と成熟度の判定基準は、IPAの資料で確認してください。

次は、部門ごとの話から共通の論点を見つける

まちみらい不動産では、こつ酉の話を整理した上で、受付側や別の担当者にも確認することにしました。まだ、特定のツールを導入すると決めたわけではありません。

聞き取りを進めると、部門によって似ている仕事と、事情が異なる仕事が見えてくるかもしれません。すべてを共通にすればよいのか。それぞれの部門で考えた方がよいことは何か。

第5回は、「全部そろえるべき?――複数事業のDX、共通化と個別対応の境界」。部門をまたいで揃えたいことと、事業ごとの違いを残したいことを考えます。

このシリーズの全7回
  1. 不動産管理会社のDXグランドデザイン
  2. 中期経営計画とDX戦略の接続
  3. 兼務メンバーによるDX推進委員会の運営
  4. DX構想策定の業務ヒアリング(今回)
  5. 複数事業のDX共通化と個別対応の境界
  6. 部門横断DX施策の優先順位付け
  7. 不動産管理DXのROIと定性効果

第7回は順次公開予定です。

現場の声を、DX構想につなげたい方へ

「要望は集まったが、次に何をすればよいか分からない」「部門ごとの話がつながらない」「経営目標と現場の困りごとを結び付けたい」。そんなときは、ヒアリングの目的と、整理する観点を見直すことが役立ちます。

誰に、どの業務を、どこまで聞くか。得られた内容を、どう施策やデータ整備の検討につなぐか。具体的な設計は、事業や組織の状況によって異なります。

株式会社いざなうでは、業務ヒアリングを含むDX構想や、経営と現場をつなぐ推進体制の整理について、ご相談を承っています。

自社のDX構想・業務ヒアリングについて相談する

参考情報

  1. デジタル庁「行政サービスにおける利用者視点導入ガイドブック」第3章 ― 当事者との対話や利用体験の理解に関する考え方を参照。本文の不動産業務の例は編集部によるもの。
  2. IPA「DX推進指標のご案内」
  3. IPA「社内共有用 DX推進指標設問一覧」 ― 「望ましい方向性」の設問5・8・23。本文では趣旨を要約。

参照確認日:2026年10月30日。

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